09 2018

探偵の話

最近、数年ぶりに、とあるネット小説にハマっている。








その小説のメインキャラの一人が、小さな調査会社でバイトをしている。
どれくらい小さいかと言うと、社員が所長一人。他にバイトが三人。
主人公とその相棒はバイト三人の内の二人だ。

……って言った段階で、私が数年ぶりにハマっている小説が何であるかわかる人もいようが、それはまあいい。

この小説に限らず、探偵や調査会社というものはフィクションの中では数多く目にすることができる。
魔法使いのようなファンタジーな職業ではないが、しかし、現実とフィクションがどれくらい違うのかを知る人は少ない。
一般的なイメージからすると、やはり探偵というのは個人経営であり、助手が数人いる程度か。
シャーロック・ホームズに代表される探偵小説のイメージが強いのは当然と言える。



学生時代の先輩で、調査会社に就職した人がいる。
仮に、真奈美さんとしよう。
新卒ではなく、いくつかの職を転々とした後での就職だった。
それでも真奈美さんがそれまでに勤めた会社の中では、おそらく最も長く続いた仕事なのではないだろうか。
現在はその会社も辞めて、別の仕事をしている。
探偵とは無関係の仕事を。

真奈美さんはが勤めていたのは、比較的大きな調査会社だった。
真奈美さんの仕事は、営業。
調査会社の仕事と言うと調査員のイメージが強くなるが、当然のごとく営業職は必須である。
フィクションによくあるような個人経営の調査事務所では、調査員が営業を兼ねる場合がほとんどだろうが、現実には少数派だろう。
そんな営業という仕事を通して、真奈美さんはたくさんのものを見てきた。
ほんの少し、その話をしよう。












探偵。
フィクションの中では、花形と言っていい職業ではないだろうか。
誰かの素性を調査したり、浮気調査のために尾行をしたり。
あるいは、殺人事件に巻き込まれれば鋭い推理で事件を解明するかもしれない。
貧乏で無名な探偵は、迷子になった猫を探すために街中を奔走しているかもしれない。

リアルかどうかはともかく、「探偵」と聞けば多くの人がその仕事内容を想像できるはずだ。

しかし、そんな仕事にどれくらいの料金がかかるのかを知っている人は少ない。


「例えばね、素行調査」
 生ビールを傾けながら、真奈美さんが私を見た。
「素行調査? ……って、その人が普段どんなことをしているかとかを調べるんですか?」
 私の生ビールはなくなりかけていたので、店員呼び出しボタンを押す。
 真奈美さんはグラスを置いて、手を横に振った。
「違う違う。それはどっちかって言うと、身上調査に入るかな」
 身上調査……なるほど。探偵業界ではそういう言い方をするのか。
 私は枝豆を口に放り込む。うっすらとした塩味だったが、身体に染み渡るようだった。
「素行調査の最たるものと言えば、浮気調査だね」
「おおっ、探偵っぽい」
 さすがに私も、探偵=殺人事件というイメージを持っているほど幼くはなかった。さりとて、他に探偵の仕事として想像できるのは、浮気調査と身辺調査……いや、身上調査か……くらいなのだが。
 昔、小説だか漫画だかで探偵がぼやいていたのを思い出す。そんなに大それた仕事がポンポン来るはずはない。浮気調査ばっかりだよ、みたいな感じで。
「でも、やっぱり本当にあるんですね、浮気調査なんて」
「そりゃあるよ。あ、まつりちゃんは次何にする?」
 やって来た店員をちらりと見やり、真奈美さんがドリンクのメニューを渡してくれた。
「んー……そろそろ日本酒ですかねー」
「じゃあ、私はウーロンハイ!」
 店員が遠ざかるのを見届けて、真奈美さんは冷奴に箸を入れた。
「浮気調査は実際にやっているし、それを頼む人も多いよ」
 なんだか不思議な感じがした。浮気調査どころか、探偵という職業自体、私にはどこかフィクションの中だけのものという感覚があった。いや、知識としては知ってる。現実にある職業だってことは。
 そんな私の頭の中を見透かしたのか、真奈美さんは意地悪く口角を上げた。
「はい、ここで問題です。この誰もが知ってる調査会社の仕事、浮気調査なんですが」
 そう言えば、真奈美さんは「探偵」とは言わない。いつも「調査会社」と言っている。
「……いくらかかると思う?」
「え?」
 ジョッキを傾けたが、喉には何も流れなかった。私は空のジョッキをテーブルに置く。
「料金ですよね?」
「うん」
 考えたこともない。探偵が私には無縁のものだから、というのもある。探偵を半分フィクションだと思っているから、というのもあるだろう。小説や漫画にも、探偵に支払う金額なんて書いてあることはなかった。
 でも実際に、調査会社で働いている人が目の前にいる。しかも、営業だ。営業が金の話をしないはずがない。と言うか、営業にとって最も重要な部分だと言っても過言ではないだろう。
「大まかでいいから、言ってごらん?」
 ニヤニヤする真奈美さんの前に、ウーロンハイが置かれた。ほどなくして、私の徳利もやって来る。
「えーと」
 相場がわからない。全くわからない。とっかかりがなさすぎる。
 興味を引かれる話でもあった。私の感覚では、探偵は遠すぎる仕事。フィクションでしか知らない仕事。
 しかし、金額は紛れもないリアルだ。
「なんとなくでもいいから」
「じゃあ……」

 先に断っておこう。
 私はここで具体的な金額を書く気はない。調査会社によって大きく変わる可能性はあるし、結局のところ、真奈美さんも他社の金額を正確に知っているわけではなかったし。

「あー、やっぱりその辺なんだね」
 しょうがない、とでも言いたげに真奈美さんは何度も頷いて見せる。
「もっと高いとか?」
「……もしまつりちゃんが浮気調査を頼むなら、どれくらいの期間の調査を望む?」
 話が意外な方向に行った。金額の話ではなかったのか。どうやら、勿体つけるつもりらしい。
 しかし、期間……期間か。それも全く考えてなかった。
 確かに、一日二日ばかり尾行してもらったところで、成果が得られるとは思えない。確実に浮気をする期日を掴んでいるのなら別だが、そこまで自力で掴んでいるのならそもそも探偵はいらないだろう。
「つーか、期間を決めなきゃいけないんですか?」
「そりゃそうだよ」
「……結果が出るまで調査してくれて、結果が出たら成功報酬って感じなんだと思ってたんですけど」
 真奈美さんは苦笑いしながら首を振る。
「ナイナイ。人を一日動かすだけでも料金は発生するんだから」
 言われてみれば、当然のことのように思える。
「この辺が、営業の仕事の大事な所でもあるんだけど」
 ぐびりとウーロンハイをあおる。
「さて、お客さん。どれくらい調査すればいいのかわからないのなら、とりあえず一ヶ月やってみましょうか?」
 瞳がきらりと輝いたように見えた。私を仮想客と見なし、軽く仕事モードに入ったのかもしれない。
 それなら私も依頼人になったつもりで。
「一ヶ月ですか……でもウチの主人、凄く慎重な人だから」
「なるほどー。確かに、一ヶ月かけても結果が得られない場合もあります。ふふ」
 真奈美さんも少し酒が回って来たのか。語尾に変な含み笑いが入っている。
 私も少し楽しくなってきた。
「どれくらいの期間ならば、証拠を掴めますかねえ」
「今回の場合ですと……」
 テーブルに目を落とし、書類をめくる振りをする。ノリノリだ。
「三ヶ月ほどあれば、かなり見込めると思いますよ」
「かなり、ですか」
 どうも表現が曖昧だ。
「真奈美さん」
「ん?」
「そこは『我が社に任せてくれれば三ヶ月で確実に尻尾を掴んで見せます』とか、そんな感じにするところじゃないんですか?」
 顔を上げてくれたが、すぐにテーブル上の見えない書類に視線を戻す。
「それが言えればいいんだけどね」
 少し表情が翳った気がした。気のせいだろうか。
「三ヶ月ということになりますと……大体このくらいになりますね」
 ニコニコしながら真奈美さんは指を立てる。おっと、もちろんその数は秘密だ。
「えーと?」
 だがそれでも私にはピンと来ない。
 顔に疑問符が浮かんだ私に、今度はハッキリと口に出してくれた。



 ……は?



「そっ、そんなにするんですかっ!」
「だよねー。そう思うよねー? 依頼に来る人のほとんどは、今のまつりちゃんと同じ反応するわ」
 三ヶ月で、ソレ。一ヶ月だとしても、最初に私が想像した金額の倍以上、下手すると三倍もあり得る。
「ちょっ、ちょ、それだったら、一ヶ月で……いや、一ヶ月でも無理。一週間でお願いします」
 泡を食いながらも仮想客を続けようとする自分に半ば感心しつつ半ば呆れもする。やはり私も楽しんでいるんだろう。
 笑顔を崩さず、しかし困ったように眉を下げる真奈美さん。
「でも、それだと結果の方はかなり厳しくなってしまうんですけど……」
「あー、そうか。短ければ短いほど、結果が得にくくなる。結果が得られなければ、お金は無駄に……」
 ううむ。これは難しい。調べるからには結果が欲しいけど、充分な結果を出すには多額のお金がいる。それで浮気の証拠が掴めればいいが、掴めなかったら金だけがなくなる。そもそも、浮気が思い込みで最初から潔白だった場合にはどうするんだ。潔白の証明ができると考えるべき? 多額の料金を支払ってか?
「難しいでしょ?」
 頷くしかない。
「でもねー、それを契約にもっていくのが、私の仕事なの」
 小首をかしげて微笑むが、その笑顔にどこか陰が差しているような気がしてならなかった。












つーわけで、調子に乗って小説仕立てにしてみました。
しばらく創作からは離れていて、最近少しまた書きたいなって気分になっていたんです。
だけど、最後に書いたのがおよそ二年前。
リハビリがてら、軽く何か書ければなあと思っておったのですよ。
小説として面白いものではないですが、興味をお持ちいただけたのなら、お付き合いいただければと思います。
そうです。
調査会社の話、他にもいくつかあります。
気が向いたらまた書きます。



で、金額なんですけど。
せっかくだから、このブログを読んでいる貴方もちょっと想像してみてください。
試しに、一ヶ月間、素行調査で探偵を動かす料金を。
多分、貴方の想像の二倍から三倍はします。
もちろん、動かす人数が増えればそれも加算されます。

フィクションの中では割と簡単に動く探偵ですが、現実はそんなに安くない、ということで。
もし探偵を雇うことを考えるのなら、想像の三倍以上の料金が提示される覚悟をしておいた方がいいですよ。

まあ、創作で探偵を登場させる場合にはあまり気にしなくてもいいと思います。
探偵の料金を知っている人の方が少数派なので。





というわけで、今回はここまで。



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