FC2ブログ
26 2019

悪役令嬢ものを読んでみた2

「破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」山口悟・ひだかなみ



感想第二回。
できれば毎週更新したい。








乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…
原作:山口悟
キャラクター原案・漫画:ひだかなみ

んじゃ、感想第二回、行ってみよう。



前回の重要ポイントをおさらいしておくと。

  1. ある特権によって、特定の人物だけが世界を改変することができる
  2. 主人公の最も根源的な行動原理は、どこまで行っても生き延びることである


この作品に関する重要なポイントとして私が前回挙げたのがこの二つ。
一つ目に関しては、二次創作や夢小説に通じる心地良さがある。
てな話をしたね。
この点は、物語に痛快さや爽快さを与えてくれる。

で、二点目。
今回の話に強く関わるのがコレ。
主人公カタリナ・クラエスの行動原理は、生き延びることである。
カタリナにとって最も大事なのが破滅を回避することであり、生き延びることなんだな。
この点は、この作品を読んでいく上で最も重要なポイントになると思う。

だけど、読者を含めて作中の登場人物は誰も、そういうカタリナの必死さはわからない。
誰も、カタリナの行動の奥に生き延びることという至上命題があるとは思ってない。
その、カタリナと周囲の人物たちとの間にあるギャップも、この作品の面白さの一つ。
そしてこのことが、作品をコミカルにしている要素の一つでもあるって話を前回はした。

だけど、それだけじゃない。
何よりもこの作品の空気を作っているのは、カタリナという人物のキャラクターなのだ。



はい。
おさらい終わり。




ああ、そうだ。
前回感想を書いてから今回に至る間に、原作小説の1巻を読了した。
今回からは原作も考慮した上での感想になります。
基本的には漫画に関する感想だけど、ちょいちょい原作の情報を流用すると思います。




とにかく、カタリナの魅力が凄い
非常に魅力的なキャラクターになっている。
前世では、享年十七歳の女子高生。
漫画やアニメ、ゲームが好きなどこにでもいるオタク少女。

……ってわけでもないんだな。
漫画版では詳しく触れられていなかったが、漫画やゲームなどのインドアな趣味にハマったのは中学から。
それ以前は、野山を駆けずり回る非常に活動的な少女だった。
兄が二人おり、兄達と連れ立って外で遊んでいた元気娘。
ついたあだ名は野猿というんだから推して測るべし。

これ、結構重要な設定だと思うんだけどな。
転生後に主人公が公爵令嬢としては規格外になってしまうのも、こういう前世の幼少期があってこそ。
そんな野猿な幼少期の根拠の一つとして「兄二人」というのも、簡易にして充分な設定だろう。
この辺は上手いな。
漫画版でカットされたのが悔やまれる。

実際、漫画版読んでる時に、少しだけ違和感はあったんだ。
主人公が木登り得意だったりすることの根拠が明示されてないな、と。
主人公の魅力を形作る点だから、カットは良策とは言えない。
1コマでもいいから、前世でのやんちゃな主人公の幼少期の描写が欲しかった。
まあ、そんなことを言っても始まらないんだが。


野山を駆けずり回る幼少期を過ごした少女ならば、公爵令嬢とかけ離れていてもおかしくはない。
そして、公爵令嬢として完全に規格外であることが、主人公の魅力にもなっている。
これはどちらかと言うと、読者よりは作中人物に対するアピールが非常に強い要素だ。
読者は、前世の記憶をカタリナと共有している上に、読者も前世のカタリナも現代日本の住人である。
しかし、作中人物は中世風ファンタジー世界の住人で、しかも貴族である。
読者がカタリナに対して抱く公爵令嬢とのギャップより遥かに強く作用するだろう。

事実、何に対しても興味が薄かったジオルドが、カタリナに興味を持つようになったきっかけ、入り口はそこにある。

まあ、読者から見ても、ドレスで木登りは充分に奇行だと思われるが。
しかし、作中人物にとって、(ドレスでなかったにしても)女子が木登りをすることのインパクトはかなり大きいのではないだろうか。
それが公爵令嬢なら尚更である。

やっぱ、元々は現代日本の住人ってことで、カタリナ(の前世)は、私達読者にとっては近しい存在でもあるんだよな。
ファンタジー世界の住人たちの中で、もっとも親近感を持てるキャラクター、それがカタリナであるとも言えるね。
そんなカタリナが作中人物たちを驚かせることは、読者にとっても痛快さがある。
読んでて楽しいんだよね。



こんな感じで周囲を驚かせ続けるカタリナ。
みんな驚いて、だけど憎めない。
結構無茶をやっているのに、なぜ憎めないのか。

そこに、カタリナの別の性質が関わってくる。
真っ直ぐなんだよね。
やると決めたら、真っ直ぐにそれを実行する。
それは意志の強さでもあり、ちょっと青い愚直さでもある。

木登り一つとってもそう。
前世はともかく、今は貴族の令嬢なんだから、木登りなんてはしたない真似はできないわ。
そう考えたとしてもおかしくはないはずだけど、カタリナはそうじゃない。
貴族の家に生まれた、貴族の令嬢だ。
お母様はマナーにうるさい。
周囲の人たちも、貴族としての振る舞いを望んでいるかもしれない。
だけど、そんなことはお構いなしに自分のやりたいことを真っ直ぐに実行できる強さ
それは間違いなく、魅力だ。
でもそれは、周りに一切気を遣わない傲慢さとは違う。
お母様に怒られるから、とか、クラエス家の品位を落とすとキースに言われたから、とか、そういう周囲の人の気持ちを無視してまで我を通したりはしない。
そんな気配りも持ち合わせている。
もっとも、本人に言わせればそれは「十七年の庶民人生ゆえ」ということになるのだろうが。
だが、その本人の弁を借りるなら、「庶民」根性ゆえに貴族社会に対してもっと委縮しても良さそうなものだが、それもない。

ならばそれは、庶民根性ではない。
真っ直ぐな性質と、気配りと思いやりを兼ね備えていると言える。
それも、確実に魅力足り得る。

この真っ直ぐさは、行動だけではなく、感情表現にも表れる。
極めてストレートな感情表現をする人なんだな。
端的に言ってしまうと、好きなものは好きと言うってこと。
これ、言うのは簡単だけど、存外難しい話で。

例えばさ、木登りでいいか。
例えば木登りが大好きだったとして。
うら若い女子が、誰憚ることなく「私は木登りが大好きです」って堂々と言えるか?
例えばね、世の中の多くの人が絶賛している映画があってさ。
それに関して「私も好き」って言うのは、多分誰でも言える。抵抗なく。
でもさ、どマイナーでカルトな映画を誰憚ることなく「好き!」って堂々と言うって、そう簡単ではないよ。
誰でも少しは似たような経験があるんじゃないかと思うんだけど、
「私は〇〇が大好きなんだけど、でも、それを言ったら変な印象を与えるんじゃないか」
「変な奴だと思われないか」
「気持ち悪いと思われないか」

そんな風に躊躇したことってないかな。
私は、ある。
頻繁ではないけど。
もちろん、どこで言うかとか、誰に言うかってのも結構重要なんだけど。
まだそんなに親しくないけどすっごく気になってる人の前で自分の趣味とか嗜好を包み隠さず堂々と言えるか、とか。
まあ、家族に対しては抵抗なく言えるかもね、とか。
状況によって抵抗感は変わるかもしれないけど、「好きなものを堂々と好きと言えない時もある」って経験は、誰でもあると思うんだ。

カタリナは、そういうとこ、簡単に飛び越えていくイメージがある。
ここにも、貴族社会と平民の感覚、みたいなものは無関係ではないけど。
貴族としてはタブーでも、平民感覚のカタリナにはできること。
そういうのももちろんあると思う。
だけど、読み続けていて私が彼女から受ける印象って、それだけじゃない。
彼女はきっと、私が「好き」と堂々と言えない場面でも「好き」と言ってしまえるんだろう。
そんな気がするし、そう思わせてくれるだけの魅力がカタリナにはある。
そういう真っ直ぐさでもあるね。


物語が進むにつれてカタリナが少しずつ周囲の人たちに愛されるようになるその最大の要因は、そんなカタリナの性格・性質が大きいだろう。
これは私にとっても非常に魅力的で、読んでいると自然とカタリナを好きになってしまう。
多分、私だけではない。
きっと多くの読者がカタリナを好きになってしまうのではないか。



さて、そんなカタリナを更に魅力的にする要因が、まだある。

最初に触れたカタリナの行動原理だな。

実は、カタリナの魅力と、そして次々と周囲の人たちを魅了していくのは、当人が持っている性質だけではないのだ。
漫画版2巻までで、最も顕著にそれが現れているのがキースとのやり取り。
カタリナに怪我をさせたキースは、自責の念から部屋に引きこもってしまう。
元々がカタリナの懇願と不注意が原因だったこともあり、カタリナはキースに謝罪を試みるわけだが。

まず、大事なことは、カタリナは自身の優しさと思いやりから、閉じこもるキースに会おうとしたこと。
ここは凄く大事で、忘れてはいけない点。
だけど、それに加えてカタリナの行動原理。

このままキースが引きこもり続ければ、カタリナの破滅に直結する。
それは絶対に回避しなければならない。


もし仮に、カタリナのこの行動原理がなかったら、カタリナは扉を破壊するという暴挙には出なかったかもしれない。
破壊しなかったとしても、いずれキースの心を解きほぐして、同じ結果に繋がったかもしれない。
それでも、扉を破壊してまでキースを救おうとしたという強烈な行動がキースに与えた影響は計り知れないだろう。

確かに、カタリナのこの行動は、根源的には保身である。
だが、たとえ保身を根源とする行動だったとしても、それがキースの心を救うことに繋がったこともまた事実だろう。



…………。
カタリナのキースの場合、カタリナにはキースに対するある種の愛情があった。
最初は確かに、破滅回避のためにキースを孤独にしないという理由もあった。
と言うか、最初から破滅フラグとは関係なしに可愛い弟を可愛がりたい欲求はあったわけで、そこもカタリナのカタリナたるゆえんではあるんだが。


「パタリロ!」という漫画がある。
有名な漫画だ。
数々のエピソードの中で、とても印象に残っているものを一つ、簡単に紹介しよう。

家出少年が、パタリロの宮殿に拾われる。
少年は、祖母と二人暮らしだった。両親は既に他界していた(のか失踪中だったかは覚えてない)
彼は祖母が嫌で逃げ出してきた。
家族内のいざこざで、祖母は母(息子の嫁)を憎んでいた。
憎い女の息子ということで、彼も憎まれていた。
様々な嫌がらせを受けていた。
「殺してやりたい」と少年はうそぶく。
これに対しパタリロは「では、殺してしまうか」と危険な提案をする。
曰く、「絶対に検出されない毒薬」があると言うのだ。
この毒は一息に殺害できるものではなく、毎日の食事の中に少しずつ混ぜて服用させる。
そして、一定の期間が過ぎるとコロッと死亡するのだ。
ただ食事させるだけでなく、身体をマッサージするなどすると、より早く効果が現れるらしい。
少年は祖母の殺害を決意。
パタリロは、定期的に進捗を報告しに来るように言い、少年を薬を帰宅させた。
少年は、殺意を隠して祖母に食事を届け続けた。
少しでも早く殺害するために、毎晩マッサージもした。
どんなに罵倒されても、むしろ笑顔で耐えた。
定期連絡も欠かさずした。
祖母の様子が変わると報告する。
元々身体が悪く、自由に身動きできない祖母だったが、少し動けるようになった、とか。
パタリロはそれを「薬が効き始めている」と答える。
だがある時、血相を変えた少年が飛び込んできた。
「解毒剤はないのか」と。
祖母の心境は、変化していた。
自分は孫にこんなにつらく当たっているのに、孫は自分に笑顔で尽くしてくれる。
自分が間違っていた。
きっと、お前の母もお前に似て素敵な女性だったんだろう。
改心した祖母に、少年の心も解かされた。
毒などで、死なせてはいけない。
パタリロは答える。
「そんなもの、あるはずがない」
パタリロが渡したのは、毒ではなく、ただの栄養剤だった。
そもそも毒ではないのだから、解毒剤などあるはずがない。
少年はパタリロに感謝し、帰っていった。
パタリロは彼の後姿を見送りながらつぶやく。
「偽りの愛が、本当の愛を呼び起こしたのだ」と。


カタリナとキースの場合は、偽りの愛ではなかったわけだが。
最初からカタリナはキースに対して愛情があった。
だが、それに加えて、保身からの扉破壊、即ち、上記エピソードになぞらえるのならば「偽りの愛」としての行動。
間違えてはいけないのは、ベースとして「本当の愛情」がカタリナにはある。
だが、破滅フラグ回避という保身のための行動もまた、言い方は悪いが「偽りの愛情」となって誰かを愛するのである。



私が言いたいのは、元々魅力的な人物が、全く別の要因(この場合は例の行動原理)によって、輪をかけて人を魅了するようになるということ。
大事なのは、生き延びるためにやっていることが意図せず愛されることに繋がっているのではなく、元々愛されるに充分な性質を持った人間が更に魅力的になってしまっているということ。

カタリナの「生き延びる」という行動原理は、鬼に金棒なのである。

この「鬼に金棒」の強力さは、作中のキースの独り言に集約されていると言っていい。
引用しよう。

まさかまたライバルが増えるなんて……
一体どれだけタラシ込めば気が済むんだ……



読みながら、思わず頷いてしまった。
読者が彼の独り言に思わず大きくうなずいてしまう。
それだけの魅力が、カタリナにはあるということだろう。



さて、この「金棒」。
他にも大きな効果を生んでいる。
この点も、この作品を語る上で物凄く重要なことだと思うんだが……今回はここまで。
続きはまた来週(に書けたらいいな)



スポンサーサイト

0 Comments

Leave a comment