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24 2019

悪役令嬢ものを読んでみた5(終)

「破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」山口悟・ひだかなみ



感想第五回。
最終回。








乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…
原作:山口悟
キャラクター原案・漫画:ひだかなみ



はい。
というわけで最終回。

基本的には高評価なんだけど、それでも引っかかる点とか疑問な点ってのはある。
今回は、その辺に少し触れる。



一番引っかかるのが、描き込み不足。
前回までで触れた部分もあるけど、例えば、主人公の前世についてとか。
この点は、原作小説と比較してみてわかった部分ではあるんだけど。
前世での主人公がとても活発な少女だったってところが漫画版では描写不足と感じた。
既に触れたことだから、詳しくは言わないけど。

あと、作中の王子様達。
「攻略対象」とされるのは四人。
王子様二人と義理の弟、それから宰相の息子か。

義理の弟、キースに関しては充分な描写がなされていると思う。
ここで言う「描写」っていうのは、彼がカタリナを好きになる過程とその根拠ってのを基準にしている。

なんだけど、他の三人に関しては充分とは言えない。
カタリナが愛されることに関して疑問はないんだ。
それだけの魅力をもったキャラだし、愛されるだけの行動もしている。
そこについての疑問はないんだけど、各王子様達の心の中、という意味での描写。

例えばジオルド。
破天荒なカタリナに興味と関心を持つところまでは描写されているし、納得もできる。
だけど、それが恋愛としての感情に変化していく過程はあまり描かれていない。

あと、宰相の息子。
カタリナに「素敵な家族がいて幸せ者ですね」と言われたことが、彼がカタリナを意識するようになるきっかけだったんだろうなってところまでは読み取れる。
だけど、それが恋愛感情になるってのがどうも腑に落ちない。
腑に落ちないって言うか、充分な描写がない。

充分な描写はないものの、主人公のキャラクターが非常に強く、且つ良くできているので、読み進めるのにそこまで強い違和感はないんだけど。
ただ、気になってはいたんだ。



その疑問が氷解するのは、原作小説1巻を読んだ時。

前回の感想で、ラノベと一人称文体の話をした。
一人称文体であるが故に、主人公の客観的な描写が難しく、したがって、主人公の笑顔などを読者に見せることもまた難しい。
そんな話だったよね。

一人称文体にも強みと弱みってものがある。
一人称だからこそ生じる制限って言ってもいい。

んで。
この小説の作者には大した文章技術がない。
と、前回私は言った。
が、技術がないなりに、それを補う工夫がされていることに対しては一定の評価をしたい。

その工夫と言うのが、語り手ごと視点を変更すること

私が「一定の評価をする」と言ったのは、工夫を試みているという点であって、工夫の内容ではない。
私の個人的な思想だが、この手法は反則。
私ならやらない。

語り手ごと視点を移動するってのは、要するに、カタリナの一人称を一旦切って、別の人物の視点での一人称で書くってこと。
しかもそれを、同じ時間軸で行っている。
作中でのある出来事が、カタリナの視点で語られた後、別のキャラクターの視点からも語られるわけだ。

あの時、カタリナはこう思っていた。
一方ジオルドは、そんなカタリナをこんな風に見ていた。
そういう構成になっている。

こうすることで、一人称文体の制限をクリアしているわけだ。
カタリナの一人称では見えないものを、別の人物の視点、その一人称文体で表現する。



私なら、意地でもカタリナ視点のみで、カタリナ自身の笑顔からジオルドの心の中まで描写しようと試みるけどな。
そして、それは可能だ。
まあ、「ラノベ」でそんなテクニカルなことをする必要はないし、多分、誰も求めてない。



要するに、漫画版で私が足りないと思ったものが、原作小説の中では一応描写されていた、ということになる。



これも疑問なんだよなあ。
濃密な文芸作品ならともかく、「描写」ってものにテキスト量があまり割かれないラノベで、コミカライズに際して敢えてカットしなきゃならないエピソードが発生するとは思えないんだよな。
なんつーのかな。
原作の中の重要と思えるエピソードや描写が、漫画版に反映されてないってことなんだけど。
ただそれ、本当にカットせざるを得ないものだったのかってところが凄く疑問なのね。
まあ、私にはわからない出版の事情みたいなものがあるのかもしれないけど。



そこで私は邪推するわけですよ。

原作を完全にコミカライズしたら、原作小説の存在価値が限りなくゼロに近付く。
それ、出版する意味ないし、そもそも売れなくなっても困る。

……これ、ラノベの闇だと思うわ。
前回も似たような話をしたけど。

ラノベって、テキストじゃなきゃできないことをほとんどしていないのね。
言ってみれば、文章で書いた漫画原作とかコンテみたいなもので。
小説の内容が、余すことなく漫画やアニメになってしまったら、原作小説、いらないでしょ。

でもね、ラノベではなく「文芸」ってのは、テキストでなければできないこと、あるいは、小説でしか味わえないことをやるものなのね。
ストーリーだけを漫画にしたりアニメにしたりしても、原作の価値が損なわれることはないのさ。

でも、テキストでなければできないことをほとんどしていないラノベっていうのは、優れたスタッフが漫画化なりアニメ化なりしてしまうと、原作の価値は限りなくゼロに近付いて行っちゃう。


出版社は、原作小説も売りたいし、それを原作としたコミックも売りたい。
コミカライズが完璧すぎると、原作が価値を失う。
つまり、売れなくなる。
だから、敢えて漫画版では原作のエピソードをカットしているんじゃないか。



……邪推です。
個人の妄想なんで。





最後に。
もう一度、この漫画作品に関して一番大事なことを言って、一連の感想連載を終わりにしたいと思います。



とても面白かった!



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